読売ジャイアンツの正捕手として活躍する甲斐拓也選手。育成ドラフト出身でありながら球界を代表する捕手へと上り詰めた甲斐拓也の年俸や経歴、そしてソフトバンクから巨人へと移籍した理由まで、徹底的に調査しました。
甲斐拓也のプロフィール・経歴
甲斐拓也選手の歩みは、一言で言えば「無名の育成選手から球界の頂点へ」という言葉がぴったり当てはまります。その経歴を幼少期から現在まで詳しく振り返ってみましょう。
基本プロフィール
| 項目 | 詳細 |
| 本名 | 甲斐 拓也(かい たくや) |
| 生年月日 | 1992年11月5日 |
| 出身地 | 大分県玖珠郡玖珠町 |
| 身長・体重 | 175cm・85kg |
| ポジション | 捕手 |
| 投打 | 右投右打 |
| 所属球団 | 読売ジャイアンツ(2025年〜) |
| 背番号 | 10 |
| ドラフト | 2010年育成ドラフト6位 |
大分県の山間部・玖珠町という自然豊かな地で育ち、少年時代から野球に親しんでいました。
高校時代〜ドラフト指名
甲斐拓也選手は、大分県の楊志館高校に進学し、捕手として実力を磨きました。しかし、高校時代は甲子園出場経験もなく、全国的には無名に近い存在だったため、2010年のドラフト会議では育成選手としての指名にとどまりました。
育成ドラフト6位という指名順位は、いわば「一軍選手になれるかどうかもわからない」という立場からのスタートです。それでも甲斐拓也選手は腐ることなく、ファームでの練習に黙々と取り組み続けました。同期や先輩選手が次々と支配下登録を勝ち取るなかでも、自分のペースで着実に力をつけていったのです。
育成時代〜支配下昇格
プロ入り後の甲斐拓也選手は、二軍(ファーム)での経験を積みながら、捕手としての基礎を徹底的に叩き込まれました。入団から3年間、育成選手として過ごすなかで特に磨き続けたのが「強肩」と「リード力」の二点です。
もともと肩の強さには定評があったものの、プロのレベルに対応するために送球フォームや間合いの取り方を徹底的に改良。その結果、後に「甲斐キャノン」と呼ばれる球界最高クラスの送球能力が完成していきました。
そして2013年、高卒3年目のオフについに支配下選手登録を勝ち取ります。育成契約から這い上がり、正式なプロ野球選手としての第一歩を踏み出した瞬間でした。
一軍定着〜正捕手への道
支配下昇格後も、すぐに一軍の舞台が開けたわけではありませんでした。2014年〜2016年は一軍と二軍を行き来しながら経験を積む日々が続きましたが、着実に首脳陣からの信頼を積み重ねていきました。
転機となったのが2017年シーズンです。開幕から一軍スタメンの座をつかむと、ベテラン投手から若手投手まで分け隔てなく信頼を勝ち取る巧みなリードを披露。さらに持ち前の強肩で次々と走者を刺し、「甲斐キャノン」の名が全国区となりました。この年、育成出身選手として史上初のベストナイン&ゴールデン・グラブ賞のダブル受賞を達成し、同時に侍ジャパンへの初選出も果たします。
出典元:NEXTSTEP⚾︎BASEBALL (JAPAN)
甲斐拓也の年俸推移
甲斐拓也の年俸変遷を見ると、育成出身選手とは思えないほどの急激な上昇カーブを描いています。
| 年度 | 年俸(推定) | 所属球団 |
| 2020年 | 1億1,000万円 | 福岡ソフトバンクホークス |
| 2021年 | 1億6,500万円 | 福岡ソフトバンクホークス |
| 2022年 | 2億1,000万円 | 福岡ソフトバンクホークス |
| 2023年 | 2億1,000万円 | 福岡ソフトバンクホークス |
| 2024年 | 2億1,000万円 | 福岡ソフトバンクホークス |
| 2025年 | 3億円 | 読売ジャイアンツ |
| 2026年 | 3億円 | 読売ジャイアンツ |
巨人移籍後の甲斐拓也の年俸は3億円となり、球団内では坂本勇人選手と並んでトップタイの待遇を受けています。 育成出身選手がここまでの年俸を手にすること自体、プロ野球界においても異例中の異例であり、彼の実力と貢献度がいかに高く評価されているかを物語っています。
ソフトバンク時代の主な成績
甲斐拓也選手がソフトバンク在籍中に残した成績は、まさに球界トップクラスの捕手であることを証明するものばかりです。
- ベストナイン:2017年、2020年、2022年(計3回)
- ゴールデン・グラブ賞:2017年〜2022年、2024年(計7回)
- 2021年東京オリンピック:侍ジャパン正捕手として金メダル獲得に貢献
- 2023年WBC:日本代表として選出、世界一に貢献
- 2021年:捕手として球団史上3人目の全試合出場を達成
- 2022年:両リーグトップの125試合に先発出場
特筆すべきは守備力の高さです。「甲斐キャノン」の異名を持つ強肩は、盗塁阻止において恐怖の的とされ、2020年シーズンにはリーグ2位の盗塁阻止率を記録。また投手との信頼関係も厚く、若手投手の育成においても欠かせない存在でした。
巨人への移籍理由
2024年オフ、甲斐拓也選手は国内FA権を行使し、14年間プレーしたソフトバンクから読売ジャイアンツへの移籍を決断しました。
2024年12月26日に行われた入団会見では、移籍を選んだ最大の理由については、阿部監督が間違いなく決断の1つであると明言。阿部慎之助監督が掲げる「守り勝つ野球」の理念に共鳴し、その中心を担う捕手として自分の力を発揮したいという強い意志が移籍の大きな要因となりました。
出典元:日テレスポーツ【公式】
さらに、2025年2月に行われた単独インタビューでは”もう1つの移籍理由”として、村田善則総合コーチの存在を挙げています。「ずっと一緒にやっている」と感謝の言葉を口にするほど、村田コーチへの信頼が背中を押したのです。
甲斐拓也選手自身も「ホークスでの全ての経験を思い返すたびに、本当にホークスを離れていいのか、自問自答を繰り返した」と語っており、複雑な胸中を抱えながらも、「新たな経験をすることで野球選手としての自分をもっと高めたい」という向上心が最終的な決断を後押ししました。
巨人での成績
鳴り物入りで加入した巨人での1年目となった2025年シーズン。甲斐拓也選手は開幕からスタメン出場を続け、打率.260、4本塁打、20打点と攻守にわたって存在感を示しました。
しかし、シーズン途中に右手中指の骨折により長期離脱を余儀なくされ、最終的な出場試合数は68試合にとどまりました。それでも復帰後は積極的に出場を重ね、守備面では7度目のゴールデン・グラブ賞(2024年受賞)で培ったリードの技術で投手陣を支え続けました。
2026年シーズンも年俸3億円を維持したまま臨んでおり、怪我から完全復活した姿でチームを引っ張ることへの期待は非常に高まっています。
まとめ
甲斐拓也選手の歩みは、プロ野球界において育成出身選手の可能性を大きく広げたケースとして語り継がれています。ドラフトで一般的に注目されにくい育成枠から入団し、弛まぬ努力によって現役捕手最高クラスの甲斐拓也が年俸3億円を実現したことは、後輩選手たちへの大きな励みとなっています。
また、2023年WBCでは国際舞台でも実力を証明し、日本代表の正捕手格として世界一に貢献。侍ジャパンの常連として国際大会でも欠かせない存在でした。
巨人というセ・リーグの名門球団でも、甲斐拓也選手の「守り勝つ野球」への貢献はすでに始まっています。育成出身から頂点を極めた男が、新天地でどんな新たな歴史を刻んでいくのか、球界全体が注目しています。

