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阪神・イケメン藤本敦士の若い頃!人気トップクラス!鳥谷敬との関係は!

藤本守備走塁コーチは現役時代からのファンも多く、早く甲子園で見てみたいという声も上がっています。

私の知り合いには「藤本敦士がきっかけで野球ファンになった」という人がいたぐらいの人気でした。どんな人だったのでしょうか?

阪神・イケメン藤本敦士の若い頃は人気トップクラス!鳥谷敬との関係は!

藤本といえば「藤本・鳥谷論争」がありましたね。2003年の優勝メンバーです。

プロフィール

子供のころから阪神ファン。赤星憲広とは亜細亜大学時代の後輩です。大学は怪我が原因で中退。

出身地 兵庫県明石市
生年月日 1977年10月4日(41歳)
身長 体重 174 cm 72 kg
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手、遊撃手
選手歴 育英高等学校→亜細亜大学(中退)→甲賀総合科学専門学校→デュプロ→阪神→ヤクルト
指導者歴 阪神

現役時代の通算成績

1101試合、619安打、14本塁打、27盗塁、打率.251
守備力は絶品。先輩金本知憲のいじられ役でもあった

野村克也・岡田彰布との関係

亜細亜大学を中退後に岡田の知り合いが指揮を執る甲賀総合科学専門学校に進学。これは岡田彰布が藤本の実家の焼鳥の常連だったことから縁があったようです。

その後、社会人野球のデュプロへ。その時試合を観ていた野村克也が藤本に注目。阪神はドラフトで指名する予定はなかったようですが、野村の推薦もあってタイガース入りすることになりました。

人気はトップクラス

兄貴に可愛がられたり いじめられたりしていて ムードメイカーでした。
守備力が・・・・やポップフライが多かったんですが そんな所もキャラにあっていて、移籍は大変悲しかったです。
人気はトップクラスでした。

藤本・鳥谷論争

なんJでも当時球界を賑わす大論争を巻き起こしたという「鳥谷・藤本論争

藤本鳥谷論争当時、藤本の心境は?

当時コンバートされたとき藤本コーチは心境をこう語っていました。

「もちろん、負けたくない一心でした。でも監督が決めること。腹をくくって『二塁で100%、頑張ろう』と。割り切らせてくれたのはアイツの姿です。僕らを認めさせる練習態度、試合結果…。力でね。アイツがショートを守るなら、コンビでしっかりやっていこうという気持ちの方が、すごく強かったです

アイツがやっていたら、自分ももっとやらなあかんと、相乗効果を持たせてくれた人物でした。もし、アイツが入ってこなかったら僕の野球人生はもっと短かったかもしれない」

2019年は一軍コーチ!

2019年からは阪神タイガースの内野守備走塁コーチを務めています。

もともと二軍コーチだった

矢野監督?が実現するなら濱中・藤本コーチも一緒にという声が上がっていました。

二軍優勝時にはこんなコメントも

コミュニケーションを重視しているそうなので、ベンチが明るくなるかもしれません。

藤本敦士守備走塁コーチ「守りでも、第一歩がひと呼吸遅れるだけで、捕れる打球が捕れなくなる。なぜ遅れたかを追求しながら話し合いました。盗塁でも、ただ走ればいいというものではない。その時の状況判断も含めて、いかにチームが必要としている時に走れるかです。投手のクセなどを頭の中で描いて、自分が主導権を握って走るチャンスを見極めることですね。盗塁でも疑問点があればどこまでも追求します。やっぱり話し合いですね」コミュニケーションの重要性を強調した。

https://www.nikkansports.com/baseball/column/naruohama/news/201810010000718.html

まとめ

2人の関係はエモい。鳥谷が3塁まで走れば2人のツーショットが球場で見られます!!

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